書籍『「あたりまえ」のつくり方』徹底分析:社会とビジネスを動かす新PR実践論
2025. 08. 13
なぜ今、PRは「あたりまえ」をつくる仕事なのか
現代社会は、かつてないほどの速度でその姿を変え続けています。
ノンアルコール飲料が市民権を得て、キャッシュレス決済が日常風景となり、リモートワークが働き方の選択肢として定着しました。
これらは、単なる新商品や新サービスの普及ではなく、人々のライフスタイルや価値観そのものが変容し、新しい「あたりまえ」が社会に実装された結果です。
博報堂執行役員であり、博報堂ケトルファウンダーの嶋浩一郎氏による著書『「あたりまえ」のつくり方 ——ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』は、この新しい「あたりまえ」が生まれるメカニズムを解き明かし、それを能動的に創り出すための方法論を提示する、画期的な一冊です。
著者の嶋浩一郎氏は、博報堂でのPR業務からキャリアをスタートさせ、朝日新聞社への出向、雑誌『広告』の編集長などを歴任しました。
特筆すべきは、従来型の広告手法の枠を超えた活動の数々です。
2004年には、全国の書店員が選ぶ「本屋大賞」の設立に参画し、出版業界に新たな評価軸と熱狂を生み出しました。
2006年には「手口ニュートラル」を掲げるクリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立し、PR視点での統合型コミュニケーションを実践しています。
さらに、書店「B&B」を開業するなど、文化的なプラットフォームの創出にも深く関与してきました。
この経歴は、嶋氏自身が、本書で語られるPRの進化――すなわち、単なる情報伝達者から、社会的な合意形成をデザインするアーキテクトへ――を体現してきたことを示しています。
彼の理論は机上の空論ではなく、実践を通じて発見・体系化されたものであり、その事実に本書の主張の圧倒的な説得力と「オーセンティシティ(本物であること)」の源泉があります。
本書が提唱するのは、PR(パブリック・リレーションズ)とは、社会に新しい価値観やライフスタイルを定着させるための「補助線を引く仕事」であるという、ラディカルな再定義です。
そして、その必要性が今、かつてなく高まっていると指摘します。その背景には、現代社会が直面する「テクノロジーの波」「ダイバーシティの波」「サステナビリティの波」という、避けることのできない3つの巨大な変化があります。
これらの波は、既存の常識や価値観を根底から揺るがし、社会は新しい合意形成を渇望しています。
したがって、本書は単なるPR担当者向けの技術書ではありません。
それは、この構造的な転換期において、古い「あたりまえ」が機能不全に陥る中で、いかにして社会をより良い方向へ導くかという問いに対する「処方箋」です。
経営者、マーケター、新規事業開発者、社会起業家、行政担当者など、変化をリードし、未来を構想するすべての人々にとって、必読の戦略書と言えるでしょう。
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書籍「AIでゼロからデザイン」が10月21日に刊行されます。
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第1章:PRの本質的転換――「違い」の広告から「同じ」のPRへ
新しい「あたりまえ」を創造する上で、その中核をなすPRという営みを理解するためには、まず伝統的な「広告」との根本的な思想の違いを明確にする必要があります。
本書は、広告が競合他社との「違い」を強調して差別化を図る思考法であるのに対し、PRは多様なステークホルダーとの間に「同じ」を見出し、協力関係を構築する思考法であると喝破します。
広告の目的が商品やサービスの販売促進、すなわち「Buy me(私を買って)」というメッセージにあるのに対し、PRの目的は企業やブランドへの信頼と評判(レピュテーション)を高めること、すなわち「Love me(私を愛して)」という関係性の構築にあります。
この目的の違いが、アプローチのすべてを規定します。
広告はメディアの広告枠を買い取り、企業がコントロール可能なメッセージを発信するのに対し、PRはメディアの編集者や記者といった第三者にその価値を認めてもらい、客観的な視点から語ってもらうことを目指します。
その結果、PRを通じて発信される情報は、広告よりも高い信頼性を獲得する傾向にあります。
このPR的思考を実践する上で極めて重要な概念が、企業が語るべき自己像としての「市場の中の私」と「社会の中の私」という二つの視点です。
- 「市場の中の私」
競合製品と比較して自社製品のスペックがいかに優れているか、といった市場競争の文脈における自己紹介です。これは従来のマーケティングや広告が得意としてきた領域です。
- 「社会の中の私」
自社が社会全体の中でどのような役割を果たし、どのような価値を提供しているのか、というより大きな文脈での存在意義の表明です。
現代において、企業が「社会の中の私」を語ることの重要性は飛躍的に高まっています。
特にBtoB企業や採用活動においては、もはや生存戦略と呼べるレベルに達しています。
例えば、ある部品メーカーが自らを単なる部品の供給者としてではなく、「AI社会の基盤を支える存在」として位置づけ直す時、その事業が持つ「意味」が社会的に再定義されます。
この意味の再定義は、単なる広報用のキャッチコピー作成に留まりません。
それは、企業の理念や社会的意義に共感する優秀な人材を惹きつけ(現代の若者は「何をやっているか」より「なぜやっているか」を重視する )、投資家への訴求力を高め、従業員のエンゲージメントを向上させるなど、事業戦略そのものを再定義する行為なのです。
このPRのアプローチは、ビジネスの領域を超え、より大きな社会的意義を持つ可能性を秘めています。
嶋氏が提唱するPRは、自分たちと意見を異にする人々とも対話し、「ここなら握手できますよね」という合意点を探す技術です。
例えば、「民泊」という新しい概念に対し、治安悪化を懸念する声と、「空き家問題の解決」や「関係人口の増加」といった社会的な便益を結びつけることで、対立の構造を対話の構造へと転換させることができます。
これは、SNSによって加速する社会の分断を乗り越えるための、具体的なコミュニケーションモデルとなり得ます。企業は単なる営利団体ではなく、社会的な対話を促進し、合意形成をリードする「社会の公器」としての役割を担う可能性を、このアプローチは示唆しているのです。
表1.1: 広告とPRの戦略的比較
第2章:合意形成を加速する「PRの5原則」
新しい「あたりまえ」を社会に根付かせるという壮大な目標は、思いつきや単発のキャンペーンで達成できるものではありません。
その基盤には、多様なステークホルダーとの間で着実に合意形成を進めるための、普遍的な行動原則が存在します。
本書は、その核心として「PRの5原則」を提示します。
- 自分でやらない。第三者を頼る
新しいアイデアや価値観は、提唱者自身が語るよりも、社会的に信頼性や影響力を持つ第三者(専門家、メディア、インフルエンサーなど)を通じて語られることで、客観性と説得力を増します。
新しい「あたりまえ」は、決して一人では作れません。社会の多様なプレイヤーが「自分ごと」としてその考えを広めてくれる状況を意図的に作り出すことが重要です。
- 複数のステークホルダーを巻き込む
合意形成の対象は、商品を買ってくれる消費者だけではありません。
従業員、株主、取引先、業界団体、行政、NPO、地域社会といった、立場の異なるあらゆるステークホルダーを巻き込むことで、アイデアは多角的に磨かれ、社会全体へと浸透していく強固な支持基盤が構築されます。
この広範な巻き込みこそが、ムーブメントを社会現象へと昇華させる原動力となります。
- 対話をし続ける
合意形成とは、一度きりのプレゼンテーションや交渉で完結するものではなく、終わりなき継続的なプロセスです。
特に、新しい概念は必ずしもすぐには受け入れられません。反対意見や懐疑的な声にも真摯に耳を傾け、粘り強く対話を続けることで、誤解は解け、徐々に理解が深まり、強固な信頼関係が築かれていきます。
- 社会視点で考える
自社の利益や市場における競争優位性といったミクロな視点だけでなく、その取り組みが社会全体にとってどのような価値や意義をもたらすのか、というマクロな「社会視点」で語ることが不可欠です。
この視座の高さが、より多くの人々の共感を呼び、単なるビジネスの枠を超えた社会的な支持を集めるための鍵となります。
- ファクトベースで語る
価値観が多様化し、感情的な対立が生まれやすい現代社会において、立場の違う人々が冷静に対話するための共通言語となるのが、客観的な事実やデータ、すなわち「ファクト」です。
誰もが否定できないファクトを議論の出発点とすることで、感情論を排し、建設的で理性的な合意形成を促すことが可能になります。
これら5つの原則は、単なるテクニックのリストではありません。それは、PRの役割を根本的に転換させる思想的フレームワークです。
従来の広告・広報が、企業が発信するメッセージをいかに意図通りに「コントロール」するかに主眼を置いていたのに対し、嶋氏の5原則は、そのコントロールを意図的に手放すことを推奨しています。
「第三者を頼る」とは表現を委ねること、「複数のステークホルダーを巻き込む」とは異論をも対話のテーブルに乗せること、「対話を続ける」とは結論を急がずプロセスを重視することです。
これは、企業が一方的に語る「モノローグ」から、多様な声を束ねて一つのハーモニーを創り出す「ファシリテーション」への転換を意味します。
本書で語られる「コントロールではなくマネージメントする思考と技術」とは、まさにこのことであり、PRパーソンはもはや舞台上のソリストではなく、多様な演奏者から豊かな響きを引き出す指揮者(コンダクター)としての役割を担うことになるのです。
第3章:新しい「あたりまえ」を実装する「7つの方法(補助線)」
前章で示した「5つの原則」という理念を、具体的なアクションへと落とし込むために、本書は「7つの方法(補助線)」と呼ばれる、より戦術的な思考ツールを提示します。
これらは、新しい「あたりまえ」を社会に実装していくための具体的な道筋を描く手助けとなります。
- 【インサイト】人々の隠れた欲望を見つける
すべての始まりは、人々がまだ明確に言語化できていない欲求や、社会の深層に潜む課題、日常に感じる小さな違和感などを鋭く「洞察(インサイト)」することにあります。
これが、新しい「あたりまえ」が生まれる土壌となります。
- 【社会記号】欲望に名前をつける
発見したインサイトに応える新しい概念や価値観に、覚えやすく、共感を呼ぶ「名前(社会記号)」を与えます。
例えば、「イクメン」や「おひとりさま」といった言葉は、それまで漠然としていた行動や価値観に輪郭を与え、人々が共有できるムーブメントの旗印、すなわち目指すべき「北極星」となります。
- 【社会視点】社会の文脈で見立てる
個別の商品やサービスを、より大きな社会の文脈の中に位置づけ直し、新たな意味を与えます。
これは第2章の原則とも重なりますが、ここではより具体的に、そのアイデアを社会課題の解決策や、新しいライフスタイルの象徴として「見立てる」という戦術的な方法を指します。
- 【ナラティブを生む余白】受け手の創造性を発動させる
発信するメッセージを完璧に作り込み、解釈を限定するのではなく、あえて「余白」を残します。この余白があることで、受け手は自らの経験や解釈を投影し、そのアイデアを「自分ごと」として語り直すことができます。
受け手は単なる情報の消費者から、物語の「共同創造者」へと変わり、ムーブメントは自律的に、そしてより深く社会に浸透していきます。
- 【リスク予想】摩擦(フリクション)を予測する
新しい「あたりまえ」は、必ず古い常識と衝突し、摩擦(フリクション)を生みます。
この際に起こりうる反発や批判、誤解を事前に予測し、それらに対するコミュニケーション戦略や対応策をあらかじめ準備しておくことで、ダメージを最小限に抑え、スムーズな合意形成を促進します。
- 【オーセンティシティ】「なぜ、あなたが?」に応える
「なぜ、その企業(あなた)がそれを言うのか?」という問いに対する、揺るぎない正当性や一貫性です。
企業の理念やこれまでの活動、製品の特性などが、発信するメッセージと一致していること。このオーセンティシティこそが、メッセージの信頼性の根幹をなします。
- 【ファクト】誰もが共有できる武器を持つ
5原則の一つでもある「ファクト」を、ここでは物語を構築し、反対意見を乗り越えるための具体的な「素材」や「武器」として活用します。
客観的なデータは、感情的な議論を鎮め、建設的な対話の土台となります。
特に「インサイト」と「社会記号」の組み合わせは、潜在的なニーズを顕在化させ、新しい市場そのものを創造する強力なエンジンとなります。
「インサイト」とは、社会に点在する、まだ名前のない欲求や不満です。この段階では個人の感覚に過ぎないものが、「社会記号」という名前を与えられることで、一つの集団として可視化されます。
例えば、「おひとりさま」という言葉の誕生が、一人で行動することに肯定的だった人々を結びつけ、メディアがそれを取り上げ、企業が「お一人様焼肉」のような新サービスを開発するという連鎖反応を引き起こしました。
この「インサイト発見 → 社会記号による命名 → ムーブメント化 → 市場創造」というプロセスは、単なるプロモーションを超えた、事業開発の根幹に関わるイノベーションの型と言えます。
また、「ナラティブを生む余白」という概念は、ブランドメッセージの完全なコントロールを目指す現代マーケティングへの重要なアンチテーゼです。
SNSでの炎上リスクを恐れるあまり、企業はメッセージを細部まで管理・統制しようとしがちです。
しかし嶋氏は、意図的に解釈の余地を残すことで、受け手が物語の「共同創造者」となることを促します。
このアプローチは、消費者がフライパンを送って商品開発に参加した味の素の冷凍餃子キャンペーン や、ユーザー自身の物語をCMの主役にした「SUBARU」の事例 など、成功を収めているナラティブマーケティングの核心思想と完全に一致しており、嶋氏はこの強力なアプローチをPRの基本メソッドとして体系化しているのです。
第4章:実践事例分析――理論は現場でどう機能するのか
これまで解説してきた「5つの原則」と「7つの方法」は、実際のプロジェクトにおいて、いかにして適用され、相互に作用し合うのでしょうか。具体的なケーススタディを通じて、理論と実践の結びつきを深く分析します。
Case Study 1: 「絶メシリスト」――地方創生プロジェクトの金字塔
群馬県高崎市のシティプロモーションとして2017年に始まった「絶メシリスト」は、嶋氏のPR哲学が凝縮された完璧なショーケースと言えます。
このプロジェクトの真の成功は、後継者不足という地域社会の「課題」を、「絶やすには惜しすぎる」という地域の「文化資産」へと、PRの力で見事に意味転換させた点にあります。
通常、後継者不足には補助金のような直接的な解決策が採られがちですが、ここでは「認識の変革」が選択されました。「助けが必要な店」ではなく「失ってはならない宝物」という物語を紡ぐことで、地元住民には同情ではなく「誇り」を、外部の人々には「訪れるべき理由」を与えたのです。
これは、問題を解決するだけでなく、問題そのものの「見え方」を変えることで、関係者の行動をポジティブな方向へ導く、PRの最も高度な機能を示しています。
表4.1: 「絶メシリスト」プロジェクトにおけるPR原則・手法適用マトリクス
Case Study 2: 新しい「あたりまえ」の浸透プロセス
本書で例示される新しい「あたりまえ」の浸透プロセスも、このフレームワークで分析できます。
- ノンアルコール飲料
かつて「仕方なく飲む、妥協の飲み物」というネガティブなインサイトがあった市場に対し、「酔わずに楽しめる積極的な選択」「攻めのノンアル」というポジティブな社会記号を創出することで、価値観の転換を図りました。
- キャッシュレス決済
利便性という強力なファクトを訴求しつつも、セキュリティへの懸念や店舗の導入コストといったリスク(フリクション)が存在しました。
これに対し、政府が推進し、決済事業者が大規模なキャンペーンを行うなど、複数のステークホルダーが一体となって社会的な合意形成を進め、普及を後押ししました。
- リモートワーク
コロナ禍という外的要因で一気に普及しましたが、その定着には「ワーケーション」や「二拠点居住」といった新しいライフスタイルを示す社会記号の提示 や、企業内でのコミュニケーション課題の克服に向けた地道な対話の継続が必要でした。
Case Study 3: タブーへの挑戦「生理CAMP」
博報堂ケトルが企画したテレビ番組「生理CAMP」は、PRの高度な実践例です。これは、生理という社会的なタブー視 に対し、生理用品メーカーのユニ・チャームという当事者性を持つ企業が、テレビ東京という信頼性の高い
第三者と組んで挑んだプロジェクトです。直接的な商品宣伝を目的とせず、「生理についてオープンに語る」という新しいあたりまえをつくることを目指した、極めて高い社会視点の実践と言えます。
これにより、ブランドが活動する土壌そのものを、より好意的で開かれたものへと変革していくという、長期的なブランド戦略が垣間見えます。
第5章:多様な視点から見る『「あたりまえ」のつくり方』の価値
本書の普遍的な価値は、異なる分野の第一人者たちからの推薦文によって、より鮮明に浮かび上がります。
経営ストラテジスト、トップマーケター、社会起業家という三者三様の視点から本書を読み解くことで、その射程が単なるPR論に留まらない、現代ビジネスの核心に触れる思想であることが明らかになります。
ストラテジストの視点(山口周氏)
独立研究者の山口周氏は、「『古いあたりまえ』は必ず変えられる。その可能性を開いた本書は、明るい希望の光を私たちに与えてくれます」と評しています。
これは、氏が自身のベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などで一貫して主張してきた、論理や分析(サイエンス)の限界と、それに代わる直感や価値観(アート、美意識)の重要性という思想と深く共鳴するものです。
山口氏が問題提起する「正解のコモディティ化」や「論理だけでは戦えない時代」において、旧来のシステムをいかにして変革していくのか。その具体的な「方法論」を、嶋氏の本書が提示していると解釈できます。
マーケターの視点(足立光氏)
P&G、日本マクドナルドを経て、現在ファミリーマートのCMOを務める足立光氏は、本書を「広告だけに頼らない販売戦略の教科書!」と絶賛します。
数々のヒットキャンペーンを手掛けてきた日本屈指のマーケターが、本書を単なる理論書ではなく、SNS時代の「話題化」に必須の実践的な「販売戦略の教科書」と評価している点は極めて重要です。
これは、嶋氏が提唱する「合意形成」というアプローチが、現代のマーケティングにおいて、いかに強力な成果を生み出す武器となるかを、トップ実務家の視点から裏付けています。
社会起業家の視点(ヘラルボニー 松田崇弥・文登氏)
「知的障害」という言葉のイメージを変革し、「異彩」として社会に解き放つことをミッションとする株式会社ヘラルボニーの松田兄弟は、「この本を読むと、PRは発明ではなく『生きざま』だと理解する」と述べています。
彼らの活動そのものが、「障害」に対する古い「あたりまえ」を、新しい「あたりまえ」へと書き換える壮大なPRプロジェクトです。
彼らにとってPRとは、小手先のキャンペーンや戦術ではなく、自らのミッションを体現し続ける「生き方」そのものです。
本書で提示されるフレームワークは、ヘラルボニーのようなパーパス(存在意義)を原動力とする組織が、いかにして社会と対話し、共感を広げ、ムーブメントを創造していくかの具体的な指針となります。
これら3者の推薦は、本書が「経営戦略(山口氏)」「マーケティング(足立氏)」「パーパス経営(ヘラルボニー)」という、現代ビジネスを牽引する3つの大きな潮流を架橋する、中心的な思想であることを示しています。
嶋氏が「PR」という言葉で体系化した「合意形成の技術」は、もはや単一の専門領域の理論ではありません。
それは、21世紀の企業や組織が社会の中で価値を創造するための、分野横断的なOS(オペレーティング・システム)として機能する、極めて重要な思想であることの証左です。
本書は、これら3つの領域を結びつけ、統合する「ミッシングリンク」を提示していると言えるでしょう。
第6章:結論と提言――明日から「あたりまえ」をつくるために
本記事を通じて分析してきたように、嶋浩一郎氏の『「あたりまえ」のつくり方』が提示するPRとは、単なる情報発信やパブリシティ獲得の技術ではありません。
それは、社会との対話を通じた「合意形成」を中核に据え、より良い未来の「あたりまえ」を能動的に構築していくための、思想であり、実践的な戦略体系です。
この知見を明日からの行動に移すために、読者の立場に応じた具体的な提言を以下に示します。
- 経営者・起業家への提言
自社の存在意義を「市場の中の私」だけでなく、「社会の中の私」という視点から再定義し、それを経営戦略の中心に据えるべきです。
PRを単なる下流のコミュニケーション機能ではなく、経営の上流に位置づけ、トップ自らが多様なステークホルダーとの対話の先頭に立つことが、企業の持続的な成長と社会からの信頼獲得の鍵となります。
- マーケター・ブランドマネージャーへの提言
競合との「違い」を訴求する差別化思考から一歩踏み出し、「同じ」を見つけるPR的思考を取り入れるべきです。
「7つの方法」を駆使して、消費者の深層心理にあるインサイトを発見し、共感を呼ぶ社会記号を創造し、そして何よりも、ユーザーが主役となって自らの物語を紡げる「余白のあるナラティブ」を構築することが、現代の消費者の心を動かす王道となります。
- 社会起業家・NPO・行政担当者への提言
自らの活動や「生きざま」こそが、最強のPRコンテンツです。「5つの原則」を用いて、活動に共感する社会的な支持の連合体を形成すべきです。
そして、その活動の正当性、すなわち「なぜ、あなたがそれをやるのか」という問いに対する揺るぎないオーセンティシティを最大の武器とし、社会変革のムーブメントをリードしていくことが求められます。
最後に、本書のフレームワークを実践する上で、決して見過ごしてはならない二つの究極的な基盤について強調します。
第一に、「オーセンティシティ(本物であること)」です。
なぜ第三者は協力してくれるのか。なぜステークホルダーは対話に応じるのか。なぜ社会は提案を受け入れるのか。これら全ての問いの根底には、その企業や組織がそのテーマを語るに足る「正当性」と「本物らしさ」があるかどうかが問われます。
味の素冷凍食品のキャンペーンが成功したのは、同社が持つ「開発者魂」が本物だったからです。このオーセンティシティという土台がなければ、「5つの原則」も「7つの方法」も、空虚なギミックに成り下がってしまいます。
第二に、「リスクマネジメント」です。
「フリクションの予測」は7つの方法の一つですが、これは必須の防衛策でもあります。新しい「あたりまえ」の創出は、必然的に古い常識との衝突を生み、時には激しい批判や炎上リスクを伴います。
事前にリスクを洗い出し、SNSモニタリングやクライシスマニュアルの整備といった、プロアクティブな危機管理体制を構築することは、攻めのPR戦略と表裏一体の責務です。
結論として、嶋氏が描くPRとは、本質的に「未来への楽観主義」を原動力とする営みです。
本書の推薦文が「明るい希望の光」と結ばれているように、その根底には「古いあたりまえは変えられる」「社会は対話を通じてより良い方向に進める」という、建設的で強い信念が存在します。
この本は、PRパーソンを単なる企業の代弁者から、より良い社会の設計者(アーキテクト)へと再定義します。
この未来への能動的な働きかけを肯定する姿勢こそ、混迷の時代を生きる私たちに、本書が与えてくれる最も力強いメッセージなのかもしれません。
書籍「AIでゼロからデザイン」が10月21日に刊行されます。
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