Claude Codeを使えば使うほど、Figmaを開く理由が消えていく。 これは私だけの感覚ではありません。 今、世界中のデザイナーが同じ疑問を抱えています。 私の結論は明確です。Figmaは100%不要。 Xのトレンド入りしました。 https://x.com/i/trending/2029136081765974181 Voicyでもお話ししました。
UX Collectiveに掲載されたある記事が、世界のデザイナーを震撼させました。 タイトルは「Figmaはデザインツールではない。コードを避けるためのピタゴラスイッチだ」。 デザイナーがFigmaで複雑なAuto Layoutを駆使してボタンを再現する。 その横で、開発者は5分で同じボタンをコードで書く。 その光景を「パンケーキを返すためにピタゴラスイッチを作るようなもの」と表現したんです。 この記事をきっかけに、世界の議論は3つに割れました。
Figma必要派には4つの論拠があります。 全部、潰します。
確かにFigmaなら全ページを一望できる。 でも考えてみてください。 ユーザーは複数ページを同時に見ますか? 見ません。 1画面ずつ体験するのがプロダクトの現実です。 「俯瞰が必要」というのは開発者側の都合でしかない。 そしてAIでコードを生成するなら、その開発者の都合すら存在しません。
デザインの探索にFigmaを使う? 今なら画像生成AIの方が圧倒的に速い。 Nano Banana 2なら日本語テキストの描画精度も高く、ラフなデザイン案を10パターン出すのにFigmaを開く必要がありません。
これが最もよく聞く反論です。 「成熟したプロダクトはクロスファンクショナルチームで作る。AIツールは1人作業向きだ」と。 この反論は次のセクションで完全に潰します。
Figmaのコンポーネントライブラリがないと一貫性が保てない? CLAUDE.mdやプロンプトテンプレートにデザインルールを書けばいい。 色、フォント、余白、コンポーネントの使い方。 テキストで定義すれば、AIが一貫性を保ってくれます。 Figmaのデザインシステムと同じ機能を、テキストファイルが果たせる時代になりました。
「50人チーム × 100画面 × 非デザイナーが意思決定に参加する組織には、まだFigmaが要る」 これがFigma必要派の最後の砦です。 でも、そもそもその前提がズレていませんか? AI時代に、50人チームは本当に必要でしょうか。 実例を見てください。
誤解しないでください。 Figmaは素晴らしいツールでした。 Adobe XDとは比較にならないほど使いやすかった。 UIデザインのワークフローを根本から変えた革命児です。 でもその革命は、「人間がデザインし、人間がコードに変換する」という前提の上に成り立っていました。 今、その前提が崩れている。 AIがデザインの意図を理解し、直接コードを生成する。 ホバーステート、クリックハンドラ、アクセシビリティまで含めて。 「デザインとコードの間の翻訳」が消えれば、翻訳の元データであるFigmaファイルも要りません。 Figmaが不要であり、Figmaを必要とする”前提”すらも消えた。 それが、この議論の本質です。
正直に言います。 私もFigmaが大好きでした。 毎日開いていたし、Auto Layoutの挙動を研究するのが楽しかった。 でも今、Claude Codeで直接UIを組む方が速い。 精度も高い。何より「動くもの」がすぐ手に入る。 道具への執着は、成長の敵です。 大切なのは「何を使うか」ではなく「何を作るか」。 そしてもっと大切なのは、「なぜ作るか」という意志の強さ。 道具は変わります。来年にはまた新しいツールが生まれるかもしれない。 でもあなたの「覇気」 何を成し遂げたいかという意志だけは、どんなツールにも代替されません。 道具より、覇気を研ぎましょう。